或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 小説集


椎名町にて候 ~おき去りにした青春~ 北見俊介 著

第五章 その4

浩一は夏休みにバイトをして、秋葉原で買ったテレビに朝からかじりついていた。僕は昼頃起きインスタントラーメンを食べ、柴木に借りた本を読んでいると、 熊沢と猪山がやってきた。彼らの話によると、明日大学の講義は全部休講になるとの事だった。何故かというと、明日[10月21日]は、国際反戦デーだか ら、全学連の奴等が暴れ回り、授業どころではない、との事だった。それがどうしたのだと僕が逆らうとお前達も暇だろうと思って来てやったのだ、と言う。要 するに麻雀がしたいのだった。浩一は余り乗り気ではなかったが、3人揃っていて断るほど、常識のない奴でもなかった。腹拵えをしようと云う事になったが、 日曜なのでおじさんの店は休みだった。僕は以前に明美達と行ったトンカツ屋を思い出し、そこへ行くことにした。誰が払うかサイコロで決めよう、と云う事に なった。結果は浩一が負け、払う事になったのだが、1000円以上は払わない、と言い出した。仕方がないので皆は了承し、兎に角腹拵えは済ませ、麻雀を開 始した。夜の11時を過ぎてからは、いつもの毛布作戦を取った。延々次の昼頃まで続いた。運の悪い事に、浩一の一人負けになった。浩一はだからしたくな かったのだと、愚痴ったが、それに同情する者は一人もいなかった。
浩一から金をむしり取るようにして、おじさんの店で昼食を食べた。僕は明美の事を思い出し、今晩新宿へ飲みに行かないかと、皆を誘った。浩一は行かない、 と言ったので三人で行くことにした。夜までは時間があるので、仮眠を取った。夕方頃目を覚まし新宿へ出掛けることにした。浩一のテレビからの情報による と、国際反戦デーの今日は、予想通り何千人規模の集会があちらこちらで行われ、激しいデモが繰り広げられているとのことだった。危険だから止めろと忠告し ているのか、自分が飲みに行かない理由を正当化しようとしているのか、解らなかったが、僕達3人は、浩一の忠告に耳を傾けず出掛けた。特に猪山は、面白 がっていた。僕は、明美から貰った名刺がポケットにあることを確認してから、出発した。
池袋から新宿に着いたのは、6時過ぎだった。殺気だった駅員や勤めを終えたサラリーマンの表情に、僕はただならぬ事態を直感した。西口から駆け上がってみると、学生達がジグザグデモを行っていた。猪山が、
「やっとる、やっとる。おもしろいなぁ。」
と奇声をあげた。
「まあ取りあえず、お茶でも飲もうぜ。」
と僕が言った。喫茶店は若い客でごったがえしていた。コーヒーを飲み終える頃になると外の様相が一転してきた。僕達は急いで店を出た。学生達に混じって、 若い労働者や群集もデモに加わり、その周りを機動隊が取り囲むようにして警備をしている。デモ隊の[帰れ!帰れ!]のシュプレコールの中、あちらこちらで 小競り合いが始まってきた。駅の構内から新手のデモ隊が現われ、手に持っていた角材で、警備に当たっていた機動隊に殴りかかった。機動隊員は追いやられ、 正面にいた機動隊の群れに逃げ込んだ。新手のデモ隊はどうやら、最も過激な反代々木系みたいだ。駅の構内に近づいてみると、駅員がマイクで、[危ないです から線路に降りないで下さい。]と繰り返し繰り返し叫んでいる。いつの間にか、線路もホームもヘルメットをかぶり、タオルでマスクをした全学連で溢れてい た。僕達は巻き込まれそうになったので、歩道橋まで必死で逃げた。線路上の石を拾ってきたのか、荒れ狂った集団は盛んに投石を始めた。機動隊はじりじりと 後退していく。僕達を含むヤジ馬は、やんややんやの喝采を送った。突然パァーンと、ピストルを発射するような音がした。続いてパァーン、パァーンと2発 鳴った。ところどころで煙が上がる。まさか銃を発射する事はないだろうと思ったが、
「きったないやっちゃ、あいつら鉄砲打ちやがった。」
猪山は狂ったように怒鳴りながら、歩道橋を駆け下り、群衆の中に飛び込んでいった。僕と熊沢は[やめろ!]と言ったが、猪山の耳には入らなかった。[一文 の得にもならないのに、あいつらしくない。]と僕は思った。パァーン、パァーンと又2~3発音がした。しばらくすると、両方の目が痛くなり涙が出てきた。 音は催涙ガスを発射したものだった。群衆がひるんだその隙を突いて、機動隊は盛り返した。ジュラルミンの盾で投石をかわしながら、警棒で逃げる群衆を殴り つけ首筋を捕まえ、引きずりながら、ごぼう抜きに逮捕していった。中には意識を失って、ぐったりしている者や、額から血を流している者もいる。西口から東 口から、300人、500人単位で全学連が現れてくる。流血を見、興奮したヤジ馬達もそれに合流し、機動隊と激しくやり合っている。催涙弾と投石。警棒と 角材。道路に面した店のウィンドの窓ガラスがこわれる音。新宿駅の構内の2~3ヶ所で火の手が上がった。救急車や消防車のけたたましいサイレンの音。道路 脇に停めてあった乗用車が、次々と横倒しにされ、燃え上がっていく。人数こそ少ないが、訓練を受け、武器を持った機動隊は、時が経つにつれ段々優勢にな り、群集は後退していった。僕と熊沢も歩道橋を降り、群集の最後尾について退却していった。
時計を見ると10時を過ぎていた。もちろん新宿を通過する電車は全て不通になっている。猪山の事は気になったが、捜しても見つかる訳がないので、僕と熊沢 は歩いて帰る事にした。なにせ50キロのナイトラリーを一緒に歩いた仲なので、椎名町まで位軽い事だと言いながら、まだ催涙ガスで痛い目をこすりながら、 灯りが消えてしまった暗い道を急いだ。
「ここに、吉田がいたらなんて言うのかな?」
と熊沢が言った。
「奴ならきっと、こんな事で日本が変わったり、良くなったりしないよ、って言うよ。」
僕はこの間の話を思い出しながら、熊沢に答えた。
「そうだろうな、そう言うだろうな。でも、伊達、今の日本は本当にいい国と思うか?」
「詳しい事は僕には解らないが、戦後20年程たった今、こんなものじゃないか。実際悲惨な戦争体験のない我々が、二度と戦争だけは起こしてはいけない事だけは確かじゃないのかな?」
「そうだな、それだけは確かだなぁ。」
僕は椎名町に着くまで、明美がいるバーに飲みに行くのだった事をすっかり忘れていた。アパートに帰ってみると、浩一はテレビを点けたまま眠っていた。僕は テレビのスイッチを消し、押し入れから布団を出した。横で熊沢もなかなか寝付かれないらしく、寝返りを何度も打っていた。僕も目が冴え、今晩のデモ隊の 事、機動隊の事、日本の将来の事、安保の事、沖縄返還の事、自分の将来の事、両親の事、今まで余り考えなかった事柄が脳裏に浮かんだり、消えたりしてい た。
次の日の朝、熊沢は9時頃に帰った。僕は今朝の新聞で、昨夜の新宿での暴力デモに、秦野警視総監が、騒乱罪を適用した事を知った。国家公安委員長も、全員 逮捕の方針を打ち出していた。500人余りが検挙された模様だった。僕は猪山の事が気になり、服を着替えて、彼のアパートに行ってみた。戸を開け部屋の中 に入ってみると、死んだように猪山は眠っていた。布団を剥がし、猪山を起こした。
「誰やねん、こんな朝はようから。」
剥がした布団を抱きかかえ、海老のように丸くなった。
「起きろ!俺だよ。伊達だよ。猪山!」
と再度起こした。
「なんや、伊達か。」
「なんや、やないだろう。途中でいなくなるし、心配してきたのに。あれから、どうしてたんだ。いつ帰ったんだ?」
「わい、珍しう興奮してしもうて、今思おたら、阿呆なことしたわ。何時に帰ったかよう覚えてぇへんわ。」
もし、捕まってでもいたら大変な事になっていただろうと思い、無事な猪山を見て、僕はひと安心をした。猪山をお茶に誘い、そこでモーニングのパンを食べ、 僕は自分のアパートに帰った。猪山は、もうひと眠りすると言って、あの小汚い4帖半のアパートに帰っていった。


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