或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 小説集


椎名町にて候 ~おき去りにした青春~ 北見俊介 著

第五章 その2

10月になると、足も治ったので、一週間振りに大学へ行ってみると、何かしら騒々しくなっていた。革マル、中核、社学同、全共闘、民青などと書いた、思い 思いの色のヘルメットを被った学生達が、髭は伸ばし放題、うす汚れた服装をして、我が物顔に振る舞い、キャンパスのあちらこちらで、アジ演説を繰り返して いた。僕と吉田は、横目で彼らを見過ごし、ハイライトへ行った。
「おい、吉田。僕には解らないんだけど、あいつら一体何やってんだ。」
「あいつらって?」
「あのアジってるやつらさ。」
「ああ、あいつらか。俺にも解らんよ。日本がどうのこうのとか、今にも滅びるような事を言って。そんな訳ないだろう。第一戦争なんて起きやしないよ。結局、ヒマなんだよ。やつらは。」
「そうか、ヒマなのか。」
「そうだよ、ヒマで馬鹿なんだよ。俺達は忙しいだろう。麻雀はしなきゃならないし、美人には興味あるし。」
「それはそうだけど…」
「じゃ、教えてやろうか。あいつらはデモの時ヘルメットや覆面をして、顔が解らないようにしているだろう。メンが割れるとまずいんだよ。新聞やテレビに写されちゃ困るんだよ。何故だか解るか?」
「解んないよ。」
「就職に差し支えるからさ。4年になったらさっさと髪を整えて、何喰わぬ顔をして面接に行ってるさ。あいつらは、俺達のことをノンポリの偽善者だと言って るが、あいつらの方が偽善者だよ。マルクスも理解してないし、レーニンのように勇気はないし、毛沢東の行動力もないね。」
「お前、マルクス読んだのか?」
「読んだよ。でもあの理論には少々無理があると思ったね、俺は。所詮人間は競争の中で生きていくもんだよ。」
「俺も読んでみようかな、マルクス。」
「よせよせ、そんなものより僕は歴史書を勧めるね。歴史の中にこそ生きていく知恵があると思うよ。おい、もう時間だ。そろそろ行こうぜ。」
時計を見ると、4時近くになっていた。今日僕は吉田に誘われて、バイオリンの演奏会へ行く日になっていた。吉田が演奏会に僕を誘うと云う事は珍しいことな ので、問い詰めると、吉田の彼女がソロで演奏するらしく、一人で行くのが格好悪いので、僕に白羽の矢を立てたのである。会場へ着くと、丁度開演の10分前 だった。吉田の彼女は5番目に演奏をした。吉田は、
「今までの中でやっぱり一番良いなぁ。いい音だよ、お前もそう思うだろう。それに美人だしなぁ。」
遠くてはっきり顔も解らなかったし、他の演奏者と比較してもそれほど変わらない、と思ったが、
「本当だ、美人だ。いい音色だよ。なかなかあれだけの音はでないもんだ。」
と、僕は皮肉ったつもりで相槌を打った。吉田はすっかり上機嫌になり、演奏会が終了した後、寿司を奢ってくれた。後にも先にも、一度きりの吉田の奢りだっ た。吉田の家は、マンションや借家などを数多く持っている大資産家で、親父の財布から壱万円札を抜いてもわからないほどだというのに。


■PDFで読む