或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  76. お遍路日記ⅩⅩⅣ

第六十八番『神恵院(じんねいん)』と第六十九番『観音寺(かんのんじ)』は同じ場所にあり、『七宝山(しっぽうざん)』という山号を持っている。仁王門 も一緒で、上に位置しているのが神恵院であり、階段を下りると観音寺である。開祖はどちらも日証上人であるが、ご本尊は神恵院が「阿弥陀如来」で、観音寺 は「聖観世音菩薩」である。しかし、ご本堂と大師堂はいささか趣が違う。神恵院はごくありきたりの建物であるが、観音寺は朱色の柱や梁が印象的な建物であ る。また観音寺には枯山水の立体庭園『巍々園(ぎぎえん)』があり、参拝者の心を癒してくれる。観音寺の眼下には有明海岸が広がり、その砂浜には「寛永通 宝」の文字が、周囲350メートル、深さ1.5メートルにわたって彫ってある。このレリーフは、その昔寛永時代に讃岐藩主がこの地を訪れるというので、付 近の住民が一夜で作り上げ、今に伝えられているそうである。
第七十番『七宝山本山寺(しっぽうざんもとやまじ)』のご本尊は「馬頭観音」で、四国八十八ヶ所唯一である。長閑な田園風景の中にあり、遠くからでも境内 にある五重塔はくっきり見える。いくたびかの戦火を免れた本堂は、一重の本瓦葺の重厚な建物で国宝に指定されている名刹である。
第七十一番『剣五山弥谷寺(けんござんいやだにじ)』は、死者の霊が行く山として信じられている札所である。仁王門をくぐると260段の石段が続く。その 両脇には無数の石仏、石塔があり、賽(さい)の河原と呼ばれている。上りきったところに「金剛拳(こんごうけん)大菩薩像」が建っているが、そこから大師 堂、本堂までは天を突くような長い石段が延々と続く。左手で手摺りにつかまり、右手は金剛杖をつきながら、一歩ずつ登っていく。だんだん息が荒くなってい く。途中、多宝塔、観音堂、弘法大師が修行した岩窟の護摩堂があり、岸壁に浮き彫りにされている磨崖仏も神秘的であった。やっとの思いでたどり着き、本堂 と大師堂それぞれに納札をし、般若心経と光明真言を唱える。晩秋の涼風が汗ばんだ私の身体を通り過ぎていく。
第七十二番『我拝師山曼荼羅寺(がはいしざんまんだらじ)』まではあっという間である。山門をくぐると小さな石橋があり、正面に本堂、左手に大師堂があ り、こじんまりとした札所である。曼陀羅寺には弘法大師手植えの松の木があり、樹齢千百年を経てもなお生き生きとした鮮やかな緑で樹形も崩れておらず、 「不老松」と呼ばれている所以である。この不老松に出会えただけでも《お四国》に来た甲斐があったと思いながら、待たせてあったタクシーに乗り込んだ。