或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  65. お遍路日記ⅩⅩ

結局2000年4月期のお遍路の旅は5日間(4月17日から21日)で終わった。精神的にも肉体的にも極限に近い状態になり、もうこれ以上旅を続けていく 自信がなくなった私は帰路につくことにした。登山家が頂上を直ぐ目の前にしながらも、天候状態や自身の健康が優れない時に、引き返す勇気を持たなければな らない、と言う話を思い出した。
私の人生においてこの5日間は全く空白の時間であった。悠久の時間であったような瞬間の時間であったような、説明のつかない一ページだった。私は研ぎ澄ま された神経の中で、第一番札所竺和山(じくわざん)『霊山寺(りょうぜんじ)』からビデオを回してみた。
私はこの旅でいろんな人と巡り合った。私は誰からも一言も教えて戴かなかったが、全ての人に教えていただいた。矛盾した表現だが事実である。例えば、道行 く人々の微笑み、すれ違う見知らぬ人との挨拶、納経帳に墨書をして戴いて金三百円を納めさせていただく瞬間、金剛杖についている鈴の音の響、鳥の囀り、降 りしきる雨、森羅万象宇宙に存在する生きとし生きる物全てが、我が師と言う思いの連続であった。私は二つのことをはっきり自覚した。
一つは、"何でも全てやってみないと解らない"と言うことである。なぁんだそんなことか、とおっしゃるかも知れないが、そんなことである。ならば是非明日 から『今』と違う何かを新にやってみてください。頭で『解る』と腹で『解る』が分かったのである。二つ目は、"自分は生かされている"を実感したことであ る。自己顕示欲が人一倍強い私は、それを嫌と言う程知らしめられた。
私が実際に巡り合った中で、特に強く印象を受け数々のドラマを想い、人生の縮図を感じた『遍路旅』のセッティングを順に上げると、先ず第一はなんといって も『嫁と姑』の組み合わせ、次は『母と子』『父と息子』『歩き遍路』『男一人』『女一人』『夫婦』『家族』『団体の中の一人』『団体』『友達同士』にな る。
途中多めの休憩を取りながらやっと瀬戸大橋に辿り着いた。これで『お四国』とお別れかと思うと、自然と涙が零れ落ちた。拭うこともなく流れるままにしてお いた涙もいつしか乾き、車は岡山を過ぎ山陽道から兵庫県に差し掛かっていた。竜野インターで降り、我が家へは12時過ぎに到着した。家族の者は、落ち窪ん だ目と伸び放題の髭に少々驚いていたが、無事を喜んでくれた。
残りの『お遍路』の旅は2000年11月と、私は密かに決意をした。