或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  6. 過去

私の中にある『過去』というメニューをクリックすると、30年前に画面は変わる。怠惰な大学生活にまで一気に戻る。決して、その途中の駅には停まらないし、小学生・中学生時代まで、さかのぼることもない。必ず毎回判で押したように、大学生の自分と再会するのである。
私は一年間、京都で浪人生活を送り、東京の大学に入った。その頃を思いつくままに並べてみると、長髪、フォークソング、反戦、デモ、ノンポリ、麻雀、ゴー ゴー、ジャズ、ダンパ、ビートルズ、万博、銀巴里、新宿、ストライキ、中核、催涙弾、深夜放送、失恋 ・・・・・。
とにかく明日することは何もなかった。今日することは、今日起きてから考えればよかった。何もすることがない時に大学へ行けばよかった。大学へ行き、教室 を見渡してから狭いコンクリートの中庭を横切り、神田の古本屋街を横目に見ながら雀荘の細い急な階段を上り、北西の一番隅のテーブルで30分も待っていれ ば4人のメンツはすぐに揃った。今なら携帯電話で呼び集めるだろうが、そんな面倒なこともする必要はなかった。検事の息子、大学教授の次男、アメリカ娘と 結婚した奴、卒業してからもずっと司法試験を受け続けているらしい男。何故かしら歯医者の息子なのに法学部で、卒業後、他の大学の歯学部を2年も浪人して 入り、今は無事に歯医者をしている者。新宿騒乱罪で逮捕された時、薄汚れたタオルの下から血を流していた革マルの闘士。唯一クラスで現役で司法試験に合格 した天才。ダンス、ビリヤード、ボーリング、スキー、全て一流にならないと気が済まなくて、今ではゴルフのスコアカードをファックスしてくるが、ゴルフだ けは私に勝てない湘南ボーイ。武蔵野に住み、小原流の花をたしなみ、透き通るような白い肌を持ち、たった一度だけデートをした共立女子大の女性。そして、 彼女に「弟達が庭でサッカーをして芝生を傷めて困るの」と言われたあの日。
金は無かった。どれ位無かったのかと言うと、4人でバーへ行った時、全員で1,500円しか持っておらず、それぞれの時計を外してトイレに立つような振り をして近くの質屋に走り、支払ったこともあった。でも、みんな生きていた。今は生きている人が少なくなったように思う。
今日も真っ赤に埋まったスケジュール帳を見ながら、明日のことばかり考えている。明日など存在しないと言うのに。