或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  55. お遍路日記XIV

"修業の道場"最後の札所、第三十九番『赤亀山延光寺(しゃっきざんえんこうじ)』は、山間の閑静なお寺である。読んで字の如く赤亀山延光寺には、赤亀の 石像が安置されており、その背に小型の銅鐘が乗っている。聖武天皇の勅命により、行基が薬師如来を刻んで本尊とした。境内には「目洗い井戸」があり、その 冷たい湧水は、人々の心を癒している。
"発心の道場"(徳島)から"修業の道場"(高知)を経て、いよいよ"菩薩の道場"愛媛県である。その最初の寺は、第四十番札所『平城山観自在寺(へい じょうざんかんじざいじ)』で、ご本尊は弘法大師が刻んだ薬師如来である。本堂は鉄筋コンクリートだが入母屋造りで中々趣きがある。空海は一木で本尊を刻 み、脇仏として阿弥陀如来と十一面観音を彫り、その残った木で「南無阿弥陀仏」の名号で宝印を彫り、諸病の病根を除く祈願をしたと伝えられており、今も多 くの人々の信仰を集めている。
私は山門をくぐり、帽子をとり一礼して去ろうとすると、「もし」と言って私を呼び止める声がした。振り向くと初老の男性が立っており、「あなたは今、お参 りをすませてから鐘をついたでしょう、何てことをするのですか、鐘はお参りをする前につくものなのです。何故かというと、そもそもお遍路の目的の一つは先 祖供養をする為であり、鐘をつくとご先祖が本堂に降りてくるのです。そして、あなたがお経を唱えて『頑張って生きていますのでご安心下さい、これからも見 守ってください』と報告しお願いをするのです。そうすることによってご先祖も安心され帰って行かれるのです。帰る時に鐘をつくと、ご先祖は降りたままでど こにも行けず彷徨ってしまう事になるのです」と教えられた。私はただ自分の無知を恥じるのみであった。もう一度山門をくぐり本堂と大師堂で般若心経を唱 え、一心に先祖に詫びた。
第四十一番札所『稲荷山龍光寺(いなりざんりゅうこうじ)』は「三国のお稲荷山」として親しまれており、今でも商売繁盛、出世、開運祈願に訪れる人も多 い。明治の廃仏毀釈で本堂は稲荷社となり、新たに十一面観音をご本尊とした本堂が建てられた。
次の四十二番札所『一果山仏木寺(いっかざんぶつもくじ)』までは五分足らずの道程である。大日如来をご本尊にした仏木寺には、三百年の間、風雪に耐えた 古い茅葺きの鐘桜堂がある。教えられた通り、山門をくぐってすぐ鐘をつき、本堂、大師堂へお参りをし、納経帳に墨書をしてもらい朱印を押してもらった。
車に帰ってメーターを見ると、自宅を出発してからちょうど千キロをさしていた。思わず小さくガッツポーズをした。空を見上げると、夕焼けが私の心を包んでくれた。