或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  54. お遍路日記XIII

昨夜はあまりよく眠れなかった。食欲もなかったが、翌日のことを考え体力をつけておかねばという思いで食べた。出された料理もよく覚えておらず味覚もなかった。それでも朝食は生卵で流すように胃袋へおさめた。
納経所が開くのは午前7時だ。昨夜からの雨もすっかり上がり、三十六番札所『独鈷山青龍寺(とっこうざんしょうりゅうじ)』の仁王門をくぐると、本堂へと 続く百段以上はあろうかと思われる石段は、朝もやの中にけむっていた。急に元気になり、眠気も去り、おそらく本日最初の巡礼者であろう私は、誰もいない石 段を金剛杖の快い音とともに力強く上っていった。
青龍寺の御本尊は波切不動明王であり、開祖は弘法大師空海である。納札を納め、私は腹の底から般若心経を唱えた。私はたった一人境内にただずみ、えも言われぬ爽快感に浸った。
長い石段を下りる途中、上ってくる巡礼者と出会うと、どちらからともなく『おはようございます』という挨拶を交わす。次の札所三十七番『藤井山岩本寺(ふ じいさんいわもとじ)』までは55キロ、約1時間30分の道程である。横浪黒潮ラインを走るのであるが、美しい眺望を楽しむ余裕はなかった。山門を入った 境内にはいちょうの老樹が薄緑の葉を生い茂らせ、私を迎えてくれた。本道の天井絵は面白く、仏様や花だけでなく、マリリンモンローもあり、575枚あるそ うである。開祖は行基だが、岩本寺の御本尊は五体(不動明王、観世音菩薩、阿弥陀如来、薬師如来、地蔵菩薩)もあり、当り前の事だが、それぞれに真言があ る。
岩本寺からお四国霊場のうち最南端に位置する三十八番札所『蹉陀山金剛福寺(さださんこんごうふくじ)』までは、八十八ヶ所のうち最も長い道程で、90キ ロ、車で約2時間30分の遍路道中である。足摺岬の先端にある金剛福寺は太平洋からの激しい波と風を受けながらも、遍路をずっと迎えて来た。道路の西側に は土産品の店やホテルが立ち並んでいるが、ひとたび境内に足を入れると別世界であり、静寂の中に本堂、大師堂、多宝塔、愛染堂などなどが存在する。御本尊 は『三面千手観音』で弘法大師空海が開祖したと伝えられ、平安時代には和泉式部も訪れた記録も残っている。
金剛福寺を心行くまで堪能した私は、ふもとのお店でお蕎麦をいただいた。修行の道場である高知県も残すところあと1ヶ札になったと思いながら、この南の端 まで一人でよく来たものだと、少々自分を褒めてやりたい気持ちにもなっていた。
同行二人の旅はまだまだ続く・・・・・・