或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  48. お遍路日記XII

三十三番札所『高福山雪蹊寺(こうふくざんせっけいじ)』のご本尊は運慶作と言われている。薬師如来像であり、その真言は、「おん ころころ せんだり  まとうぎ そわか」である。お四国八十八ヶ所の札所の中で、薬師如来をご本尊にした札所が最も多く、二十三寺ある。また雪渓寺には、歌詠み幽霊の伝説も 残っている。
雪渓寺から三十四番『本尾山種間寺(もとおざんたねまじ)』までは、6キロ足らずの道程である。建物は鉄筋コンクリート造りでモダンな感じであるが、その歴史は古く遠く百済の時代まで遡る。
境内の観音堂に『子育て観音』の額がかかり、観音像のまわりには底の抜けた柄杓が数多く奉納されている。観音様の左手の堂にはかわいらしい赤ん坊の像が 立っており、本尊の薬師如来は、安産の薬師として有名で、妊婦は柄杓を持って寺へ詣でる。寺ではその柄杓の底を抜き、3日の間安産の祈祷をしてお札ととも に柄杓を返す。妊婦は底のぬけた柄杓を床の間に飾り、出産後柄杓を寺に納める。その為に底のない柄杓が寺に集まっているのだそうである。
種間寺を出る頃には雨は一段とその激しさを増し、あたりはそれほど遅い時刻(午後4時過ぎ)でもないのに薄暗くなってきた。三十五番札所『医王山清滝寺 (いおうざんきよたきじ)』は山の中腹にあり、流汗坂と呼ばれる参道を上る。参道の両側がみかん畑と竹林から深い木立へと変わっていく。道は狭く険しい坂 道で、雨でスリップし何度か脱輪しそうになる。手のひらは脂汗で車のハンドルもべたついてきた。やっとの思いで駐車場へ着き、急な石段を息を弾ませながら 上っていくと仁王門が現れる。仁王門の天井には竜の絵が描かれており、また石段を上ると薬師如来の立像が本堂前に建っている。台座の中へ入ってみると真っ 暗で一瞬恐怖が私を襲った。後に知ったことだが、これを『戒壇めぐり』と言うらしい。本堂の右奥からは小さい滝が流れ落ちており、口に含むと歯にしみる。 あくまで清らかな岩清水である。
納経を済ますと5時であった。細心の注意を払ってきた坂道を下り、細い直角に曲がっている田んぼ道を通り抜け、昼過ぎに予約をしておいた本日の宿『国民宿 舎土佐』に辿りついた。案内された部屋に入り、腰をおろすと疲れがどっと来て、食事はもちろん、全く何もする気力がなくなってしまった。得体の知れない脱 力感にさいなまれながら、今からの夜をどう過ごすべきか、無事に朝が迎えられるだろうか、自分自身がどうなっていくのだろうか……
自分の中から思考という回路が消えていくのを感じていた。