或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  14. 初めて○○を食べた日~ラーメンの巻~

大学の受験風景もその時々の社会情勢を表わしていて、誠に興味深いものがある。地方の者が受験のために泊まる宿泊所ひとつをとってみても、様々な変遷があ る。最近は大学側が推薦したり、指定の宿泊所があるようだが、ビジネスホテルクラスが圧倒的に多いようである。バブルの頃は一流ホテルに出入りする受験生 の姿をテレビのブラウン管を通じてよく見かけたものだ。そのもう少し前、流行語大賞があったなら多分受賞していたであろう<教育ママ>という 言葉が絶頂期の頃は、一流ホテルのスイートルームに母親(ママ)も一緒に泊まり、かいがいしく面倒を見たものである。子どもが女の子ならまだしも、男なん かだったりした日には、もうその光景を思い浮かべるだけで吐き気をもよおしてしまう。
我々の時代はとなると、もう30年以上も前の話になるが、大学の受験校も親に相談したこともなければ、宿泊所はもちろん受験案内書から探し出し、自分で予 約をし、当り前のことだが全てをひとりで段取りしていたものである。
私が京都の大学を受験するために駅前の旅館に泊まった時のことである。さながら、小学校の修学旅行をイメージしていただければわかりやすいと思うのだが、 部屋の間の襖を取っ払って20畳ほどの大広間に14~15人が宿泊していた。2泊目の夕方、突然訪問者があった。旅館のおかみさんに呼ばれて1階へ降りて みると、私の父親の弟、つまりおじさんが優しい顔をして、
「兄貴から連絡があってな、時間が取れたから来てみた。どうや」
と言って、外へ連れ出してくれた。叔父は神戸市交通局に勤めていたのだが、父からの依頼を受け、わざわざ様子を見に来てくれたのである。
連れていってくれたのは、京都駅デパートにあった食堂だった。何か食べたいものはないかと問われたが、特にないと答えた。叔父は何かを注文したようだっ た。その時、私は『しまった』と思った。隣りの人も、その向こうの人も食べているものがやけに美味しそうだった。『僕もあれと同じ物を食べたい』つばを飲 み込んだが、叔父には言えなかった。後は心の中で叔父が『どうか同じ物を注文してくれていますように』と祈るのみだった。
注文したものが運ばれるまでの時間が、やけに長く感じた。
「お待ちどうさま。ラーメンふたつですね」
と店員が私達のテーブルに置いた瞬間、私はこの世の幸せを一人占めしたような笑顔になり、店員の顔が天使に見えた。
今でも、ラーメンを食べるたびに思い出し、ニヤリとしてしまう。