或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  108.トルコ旅日記~渋滞んでイスタンブール~8月13日

8月13日

 

昨夜10時30分に関空を発つ。現地時刻AM5時30分頃イスタンブールに着く。約13時間のフライトである。ビジネスを利用したが、思うようには眠られなかった。ゲートを出たところで今回のツアー客20人全員が揃う。トイレに行く人、トルコリラにチェンジする人、添乗員小島さんがひとりひとりの顔を確認しながら点呼を取る。そこから国内線に乗り継ぎ、カイセリに向かう。

カイセリ空港は田舎の地方空港であるが、観光客に混じって多くのトルコ人が沢山の荷物を持ち、ごった返している。私のキャリーバックがなかなかターンテーブルから出てこない。他の19名のツアー客達はそれぞれにキャリーバックを手にしている。私は多少不安になってきた。最後にやっと小豆色した私のキャリーバックが姿を現した。

添乗員(これからは小島さん)の誘導の元、観光バスに乗り込む。バスの苦手な私は出来るだけ前部座席(それでも前から4番目。理由は後述する)を確保する。バスが動き出すと、小島さんが現地ガイドのハンデさんを紹介する。ハンデさんの流暢な日本語での説明を受けながら、約1時間でトルコでの最初の観光地、『カッパドキア』に到着する。

『カッパドギア』は、アナトリア地方に広がる大奇岩地帯のことを言う。数億年前エルジエス山の噴火によって造られたもので、火山灰と溶岩が数百mずつ積み重なった末、凝灰岩や溶岩層になり、それらが長い年月の末自然の風雨に浸食されて現代の形をなしている。その奇岩地帯は私の想像を遥かに超えるスケールで、面積的には姫路市に匹敵するくらいの広大さである。

イヤホンガイドにハンデさんのよく通る声での説明が響いてくる。

その頃からやたらと意味のない場面にも関わらず、デジカメのシャッターを押す品性が全く感じられない、どう見ても50歳近い一人の女性が目立つようになった。時々

「アッチャン!こっち!写真撮るよ。」

アッチャンと呼ばれた45歳前後の男性が、それなりのポーズを取る。アッチャンもまたその女性の写真を写す。奥様らしき女性はピースをする。私の背中に鳥肌が立つ。

私は、若い可愛らしい女の子のピースサインは許せるが、オバさんのピースサインは許せないタイプなのである。ここに『アッチャンチーム』の誕生である。

宗教とは、元来人間が幸せに生きるための教えである。しかし今地球上での争いの半数が宗教戦争である。(他の半数は民族紛争)その最大の原因は、国家が唯一神教とし、その他の宗教を認めず弾圧し政治に関与し始めたことだと、私は考えている。古代ローマがそうであったように、八百万の神が正解だと信じている。

ここカッパドギアに点在する地下都市群も、イスラムから逃れる為に造られたキリスト教徒の隠れ家であった。暗い洞窟の中には隠れキリシタンのために描かれたキリストのフレスコ画が残っている。

昼食はこの地方で取れる鱒の焼き物である。アッチャン妻がデジカメに鱒の姿焼き?を収める。どう見ても美味しそうとは思えないその料理を。

PM5時前に、ウチヒサル・カヤホテルにチェックイン。楽しみの一つであった洞窟ホテルだ。私のイメージからすると、カッパドキアに点在する奇岩の一つをくり貫いて造り上げたホテルだと思っていたが、実際は洞窟風に建築されたホテルだった。

夕食までに時間があったので、ガイドのハンデさんご推奨の「ハマモ」を体験することにした。受付を済ますと、先ずサウナに15分程度入る。それから大理石の様な円い形をしだ上にうつ伏せに寝かされ、『あかすり』が始まる。担当は二十歳前後のやや小太りの若い女性である。今度は仰向けになり、糸瓜のような器具を使って擦る。

「イタイ?イタクナイ?」たどたどしい日本語で尋ねる。私は、

[少しイタイ]と答える。「あかすり」が済むと今度は泡の塊を手でこねくり回しながら更に大きくし、私の身体にぶつけるように落とす。それを何度も繰り返しながらマッサージの要領で身体を揉みほごす。約一時間の工程である。

適当にお腹も空き夕食である。トルコ料理は何といっても世界三代料理の一つに数えられている。食道楽の私にとって期待の星である。

レストランに行ってみると、我々のツアーのテーブルが決められており、なんだか様子が変である。どうもバイキング形式の様である。私は、先ず前菜が運ばれ、それからスープ、魚料理で、子羊かなんかのメインデッシュが来て、最後はトルココーヒーとデザート。

私の夢は無残にも打ち砕けていく。

隣を見ると、長くもない髪の毛を無造作に輪ゴムで束ねた、健康的に日焼けした女の子が美味しそうに食べていた。私は思わず、

「あなた、高校生ですか?」と口に出してしまった。どうみてもその女性のペアは、高校生とその保護者にしか見えなかった。

「いいえ、社会人です。」とぶっきらぼうに答えた。

「ごめんね」と、私は謝った。その後の旅で判明したことだが、輪ゴムの彼女の年齢は26歳で、中学校の教師をしており、部活でソフトボールを指導しているのだそうだ。もう一人の女性は大学の事務職で、堺市に住んでおり、同級生とのことだ。教師だと分かってからは、輪ゴムの彼女のことを私は「先生」と呼んだ。

[先生、一緒に写真撮ろう]といった具合に。ここに「高校生とその保護者チーム」が名乗りを上げた。

トルコ一日目の長い夜が終わろうとしている。