或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

香山草紙 エッセイ集


  104.中国旅行記(1)~203高地編~

平成24年7月6日、私の64回目の誕生日である。この年齢になると、少しもおめでたくはないが、新たなる出発の日としては区切りになると思い、この日を中国への旅立ちの日とした。
今回の中国旅行には、二つの目的があった。ひとつは、『坂之上の雲』で広く知られるところとなった『203高地』―日露戦争における最大の激戦地であり、 勝敗のターニングポイントともなった―をこの目で見ること。いまひとつは、中原の覇者を目指したが、虹と消えてしまった『張作霖』に会うためである。
7月6日11時30分、大連空港に到着した私は、すぐさま迎えに来ているはずのガイドを捜した。海外旅行は何度も経験しているが、一人旅は初めてである。 無事にガイドと出会い、その日は『満鉄本社』と『中山ホテル』を見学し、早めに宿泊先の大連日航ホテルへチェックインした。
夕食は、ガイドとドライバーと3人で中国式しゃぶしゃぶ「火鍋」を食べた。夜はガイドの勧めで舞台を見た。特に面白くて興味を覚えたのは、一瞬で七変化す る「変顔」(日本でいう変な顔ではなく、変化する顔という意味)、少林寺拳法を極めた達人による気功術、胡弓などであった。
翌朝8時、ホテルを出発し、いよいよ203高地へと向かう。1時間ほどで到着。昨日、ガイドに頼んでおいた花束を献花しようとしたところ、現地の案内人か ら「中国人の感情を刺激するから」と諌められた。目立たない場所にすることになり、頂上付近の『乃木保典』の慰霊塔にそっと置いた。
『旅順港』は真下に見えるのかと思っていたが、7kmも向こうに、霧に霞んでいた。今の203高地には、凄惨な戦いの跡も臭いも感じられなかった。それで も、私は頂上で人目を憚りながら、亡くなった日本人とロシア人と、そして巻き添えとなった中国人を偲び、般若心経を一心不乱に唱えた。
それから、乃木とステッセルが会見した『水師営』に立ち寄った。本当にみすぼらしい民家であった。その後、大連まで戻り、昼食に中国のラーメンと餃子を食べた。意外とあっさりしていて美味しかった。
瀋陽(奉天)までは、列車での移動である。中学生の修学旅行列車のようだ。直角に立った硬い座席に、二人ずつ向かい合って座る。リクライニングも何もない、4時間余りの車中であった。
夜のディナーは、少々張り込んで海鮮料理を食べた。夜9時半頃、瀋陽シェラトンホテルにチェックインした。明日は、いよいよ『張作霖』に会える。少々、興奮気味であった。
 

(中国旅行記(2)に続く)