或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


終章 ~それからの「或る二世経営者」~


Ⅹ 新光ホールディングの章

新光ホールディングの前身は新光団地㈱である。嘗て新光団地は土地を買い求め、新光建設や新光ロイヤル住宅が住宅を建てるための分譲地として仕上げて、一緒に販売を行ったり、大型物件を地域の不動産と共同で開発し、民間のデベロッパーや工業用地として企業に提供していたが、親しくしていた不動産屋が亡くなると、情報も不足しがちになり、時代背景も変化していき対応できなくなり、10年近く業務を凍結し、休眠会社として放置していた。

宍粟市山崎町で北見家が所有していた田や山林を造成し、野球のグランドとしてグループで使用したり地域に開放していたが、管理に手を焼いたため、ゴルフ練習場を作ることになり、その運営と経営を休眠していた新光団地が執り行うことになった。初期の頃は自然環境に恵まれ、地元では本格的な練習場がなかったこともあり、来場者も多く収益も上がっていた。人間は自分にとって対応が悪いと感じた時、二種類に分類される。一種類は口や態度に表しクレームを言うタイプ。もう一種類は去っていくタイプ。表面に表してくれるタイプはそれに相応しい対応すれば解決するが、去っていく人間は対応のしようがない。当時、支配人と3人のパートで運営していた。業績が悪くなっていくのはそこに働く社員が悪いのではなく、経営者にその能力がないのである。経営者即ち父である。これまで父は幾度となく重要な決断はしてきたが、マネジメントを行った経験がない。だから小さな組織でもマネジメントは無理なのである。ある時、支配人が私にいくつかの合理化案を訴えてきた。父に言っても聴いてくれないと、言うのである。そのとき一つだけ父は受け入れた。それまでは受付で名前と住所を書いてコインを貰って、その前を通らないと打席に行くことが出来なかった。ゴルファーはめんどくさがり屋である。その手間を省き、紙幣や硬貨でゴルフボールを買うことが出来る機械を導入した。しかし収益を改善するところまでには至らず、父は人件費に手を加えるようになり、とうとう誠実な支配人から退職願が提出された。父は慌て私に相談をしてきた。決算書に目を通すと、年間一千万程の売上なのに、二千万近くの損失が計上されていた。支配人の退職希望は一ヵ月後だったが、お願いをして二ヵ月後にしていただいた。その猶予期間の間に何人かに支配人を打診したがいい返事は貰えず困っていたところ、専属のゴルフ場の契約が切れたプロが私と会いたがっていると聴き、早速会って話を進めた。折り合いをつけてAプロに、支配人としてではなく賃貸として契約を締結した。このことが後に様々な問題を引き起こすのであるが、償却も殆ど済んでおり、賃料はそのまま粗利となり、取り敢えず損失は抑えることが出来た。

二〇〇五年九月1日に、新光団地㈱は新光ホールディング㈱へ社名を変更し、次男をそこの社長に据えた。私の永年の構想であった《持ち株会社》戦略を展開していく企業がここに誕生したのである。資金は事業用の定期借地権制度を活用し、新光ホールディングがオーナーとして、アパートを中心にマンションを建築し、グループ企業各社が施工を担当し、敷金その他の収支差額を備蓄し捻出した。近年は福祉関連事業にシフトしているが、それでも戸数は350戸位所有しており、月当たり2000万程家賃収入がある。支出は様々な金融機関が主で、一般管理費が少ない企業であるため、経常利益は、新光団地時代の累積赤字も払拭しここ五年間は、安定的に推移している。初期の目的である持ち株は新光建設株を中心に、グループの所有株式総数も十二万株を超えている。

グループの中で唯一クローズな企業であるが、北見家にとってなくてはならない企業である。