或る二世経営者のホームページ ~香山廣紀 かく挑み、かく歩む。~

或る二世経営者の挑戦


終章 ~それからの「或る二世経営者」~


Ⅶ 新光コーポレーションの章

Ⅶ 新光コーポレーションの章

 

 新光コーポレーションは、この9月(2013年)で5期目を迎える。初年度に計上した赤字を昨年までに払拭することが適わなかったが、やっと今期でそれが出来そうである。喜ばしいことではあるが、来季に向けての保証は何一つ見当たらない。むしろ不安要素のほうが多く感じる。それもこれも一にこの九月の受注の成果に拠るところが大である。突き抜ける受注額、つまり5億以上の数字を達成することが肝要である。消費税の追い風に乗って是非受注してくれることを祈っている。

 新光建設の住宅部門を独立させ、5年前に分社して設立したのが「新光コーポレーション㈱」である。2003年7月に突如新光建設の経営を執り行うようになって、最初のカルチャーショックは、ゼネコン部門と住宅部門が別会社のような印象を受けたことだった。同じ会社でありながら、社員同士の交流はおろか、名前さえも知らないし、そのことがごく当たり前であって、お互いに関心など全くない状態だった。年末に行った忘年会においてそれは如実に表れた。席をくじ引きで決めたのだが、乾杯が終わるや否や10分も経過しないうちに、ゼネコン部門はそのチームで塊をなし、住宅部門はおのおので集まり、会が進むにつれその傾向は高まっていった。私の背中に悪寒が走った事を今でも覚えている。サンホーム兵庫では考えられない光景だった。その年の忘年会が私の記憶の中に残り続けていた。

 忘年会のカルチャーショックと、サンホーム兵庫における分社戦略の成功例(リフォーム兵庫・カーペンターズ兵庫・ガーデン兵庫の各社)を踏まえて、新光建設から住宅部門を独立分社し、創設したのが「新光コーポレーション㈱」である。分社する2年前から私の長男を住宅部門の責任者に、常務として就かせていた。分社を期に彼を『代表取締役副社長』に就任させ、全ての権限と責任を負う立場に立たせた。

 少々細かな人事を記すが、この後の展開について理解をしやすくしてもらうためであり、ご容赦願いたい。

 当時新光建設の代表取締役専務執行役員だった「細田」君は、古巣のサンホーム兵庫の専務執行役員として資産活用部門を担当。現在に至っている。

 ニューマテリアル兵庫の社長だった「平田」君に、細田君の後任として新光建設の社長をお願いしたが、2年間勤めた後、任期を1年残して退職し、その後顧問として2年間席を置いたが、この9月をもって本人の意思で身を引く事になった。

 平田君が新光建設の経営責任者であった2年間は、『山脇』君がニューマテリアル兵庫の代表権のある専務として、経営に当たっていたが、新たに兵庫プレカット㈱(新たに章を設けて詳しく記すが、もともと新光工業という会社を、娘婿である『高橋』が設立し、プレカット部門と電気や設備部門を事業として展開していたが、私が高橋から新光建設の経営を預かったときに、同時に新光工業も引き継いだ。赤字を垂れ流しにしていたので、人員整理をした後、ニューマテリアル兵庫に吸収合併して、その救済を図ったという経緯がある)を設立し、彼を社長に就任させた。しかしながら山脇は、殆ど経営努力をせずに、2年間で膨大な赤字を計上し、自ら辞めていった。今現在ニューマテリアル兵庫は、私が代表権のある会長兼社長として、従業員には誠に申し訳ないが片手間に経営を見ている。一日も早く後継者を育成しなければと思っている。

 新光コーポレーションが、文字通りもたもたしているのは、一にも二にも私の長男に起因するところが大である。燃えるような情熱を持って欲しい。『断じて敢行すれば鬼神もこれを避ける』という諺を肝に命じて欲しい。お前が結婚する前に、両方の家族の顔合わせの食事会の席上で、母親が言った言葉を思い出して欲しい。その心構えで必ずや企業の業績は上がっていくであろう。

 5年目にして、ようやく累積赤字を解消することが出来き、僅かではあるが配当が出来るところまで辿り着いたのであるから、是非とも地域ナンバーワンビルダーに成長させて欲しい。そうすることで今後お前が本当の経営者になり、リーダーとして誰もが認める所となるであろう。私にはない《徳》といういいものをお前は持ち合わせているのだから。残された時間はそんなにはない。